桐山-第十話 隠れた発見

休日の午後、僕は宮崎の街中を歩いていた。カメラを片手に写真を撮るためだ。思いがけず目に入ったのは、向こう側の路地を歩く村上さんの姿だった。普段のスーツ姿ではなく、カジュアルな服装の彼は、少し違った印象に見えた。

「村上さん?」
声をかけようかと思ったが、何か意図があって休日に一人で歩いているのかもしれない。僕は少し距離を置いて、彼の行く先を見守ることにした。
村上さんはビルとビルの間の細い路地に入っていった。僕も少し離れて後を追う。その路地の入り口には「コインランドリー」の看板だけがあり、特に飲食店があるようには見えなかった。しかし村上さんは迷うことなく、ランドリーの隣にある小さな暖簾をくぐって中に入った。

「あれは…店?」
僕は驚いた。通りがかりなら絶対に気づかないような場所だ。村上さんをみかけなかったら、僕もその存在に気づくことはなかっただろう。
約20分後、村上さんが店から出てくるのを見計らって、僕はその小さな暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ」
温かい声で迎えてくれた。店内は想像以上に清潔で、カウンター席が4つとテーブル席が1つあるだけの小さな空間。でも何とも言えない心地よさがあった。

桐山は戸惑いながらもメニューに目を通した。かつ丼とカレーと牛丼しかない。
桐山はかつ丼(お手軽)を頼んだ。

「あの、すみません。少し前に出ていかれたお客さん、村上さんではありませんか?」
僕は勇気を出して尋ねた。店主は少し驚いた表情をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「ああ、村上さんですか。常連さんですよ。知り合いの方ですか?」
「はい、会社の上司なんです。不動産会社で働いているんですが…」

「そうでしたか」店主は嬉しそうに頷いた。「村上さんには本当にお世話になっています。彼のおかげで、うちのような隠れた店も少しずつお客さんが増えてきましたから」
僕は興味深く聞いた。「村上さんの紹介で来るお客さんが多いんですか?」

「そうですね。彼は不思議な人ですよ」店主は包丁を動かしながら話を続けた。「街のどんな小さな店でも、価値があると思えば足を運んでくれる。そして気に入ったら、必ず誰かに紹介してくれる」
僕は少し驚いた。オフィスでの村上さんは仕事熱心で信頼できる上司だが、こんな一面があるとは知らなかった。

「村上さんは普段からこういう…隠れた名店を探しているんですか?」
「そうみたいですよ」店主は笑った。「彼が言うには、『数字だけでは見えない価値がある』んだそうです。建物や場所の価値は、そこにある物語や人とのつながりにあるって」
その言葉に、僕は何か大切なことを聞いたような気がした。ここ最近、写真を通して物件の新しい価値を見出そうとしていた僕の試みと、村上さんの姿勢が重なって見えた。

「村上さんは、この店をどうやって見つけたんですか?」
「ははは、それがね」店主は楽しそうに笑った。「ある日突然現れたんですよ。『通りかかって気になった』と言って。でも、この場所は通りかかっても気づかないでしょう?」
確かにその通りだ。僕自身、村上さんを見かけなければ気づかなかっただろう。

「それから、彼は地元の建設会社の社長さんや、市役所の方、他の不動産会社の人まで連れてきてくれるようになった」店主は続けた。「彼は言うんです。『この街には、まだ知られていない宝物がたくさんある』って」
店主がかつ丼を出してくれた。見た目も香りも抜群だ。一口食べてみると、サクサクの衣と柔らかい肉、そして特製のタレが絶妙に絡み合う絶品だった。しかもお手軽というような量でもない。

「美味しい…こんな店が隠れていたなんて」
「ありがとう」店主は嬉しそうに笑った。

食事を終えた後も、僕は店主と話を続けた。店の歴史や、地元の変遷について。そして村上さんが定期的にこの店に足を運び、様々な人を連れてくることも。

「村上さんは宮崎のあちこちを歩いて、こういう店を見つけているそうですよ」店主は教えてくれた。「彼が言うには、街を本当に知るためには、データだけでなく、実際に歩いて、食べて、話を聞くことが大切だと」

店を出る前に、僕はお礼を言った。「素晴らしい食事と、お話をありがとうございました」
「また来てくださいね。次は友達も連れてきてください」店主は笑顔で見送ってくれた。
外に出ると、夕暮れの街が柔らかな光に包まれていた。僕はカメラを手に、もう一度周囲を見回した。いつもと同じ風景なのに、何か違って見える。村上さんの言う「数字では見えない価値」が、少し見えてきたような気がした。

明日から、街の見方が少し変わるだろう。村上さんが日々実践していることを、僕も自分なりのやり方で取り入れていきたい。カメラというツールを持つ僕だからこそ、捉えられる街の表情があるはずだ。

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